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料理と言っても、宮廷料理・郷土料理・家庭料理・学校給食・病気で制限のある料理・子供が好む料理・年配の方が好む料理・酒の席の料理など様々です。
料理を作る物はこの事を理解し自分の好みを押し付けないよう気をつけることが肝心です。 料理家・飲食プロデューサー・コンサルタント 深津泰弘
2011年9月より料理教室を開催することになりました。
高級レストランで使用される本格食材を使用し、ご家庭でもつくれる ”おもてなしフランス料理”を、深津泰弘が講義いたします。 2011年スケジュール 第1回: 2011年 9月26日(月曜日) 【定員に達した為、受付を終了致しました】 第2回: 2011年10月25日(火曜日) <申込受付中> 第3回: 2011年11月22日(火曜日) <申込受付中> 第4回: 2011年12月27日(火曜日) <申込受付中> 11時~15時予定(受講時間:トータル4時間) デモンストレーションと実習及び会食 会場: Table d’H Ôte(ターブル・ドート) 協力: 株式会社アルカン 東京都中央区日本橋蛎殻町1-5-6 盛田ビルディング1F 講義内容: フランス料理 2品 (例:前菜、メインディッシュ) お問い合わせ、お申し込みは問い合わせフォームよりお願いいたします。 E-MAIL:info@fukatsu21.jp https://www.fukatsu21.jp ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
味の好みは十人十色と言われる様に千差万別で、料理の「美味しさ」を定義づけることは非常に難しいものです。
ラーメンを例にしても、10軒あったら10軒の味があります。麺も太麺・細麺・ちぢれ麺、グルテンの強弱、スープ―のベースもとんこつ・鶏ガラ・魚介類等多様で、しょうゆラーメンひとつにしても配合や調理工程よって味付けが変わり、更にあっさり系やこってり系など、その数と組み合わせは無限大です。 味は、「塩味・甘味・苦味・酸味・旨味」の五味によって構成されますが、嗅覚・視覚・刺激物(辛味)・歯ごたえ・舌触り・喉ごし・後味といった様々な要素、また味の経験度・性別・習慣・仕事の業種などによってもとらえかたが変わります。 私が思う「料理」とは、調理と言う技術によってその食材の持ち味を更に活かし、まとめ上げる絶妙なバランスと感覚によって作りだされる味の融合であり、個人の主観で判断するものではないと考えます。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
年配の方から「歳のせいか最近は食べる物が美味しく感じられない」。などと頻繁に伺います。本当に年齢のせいなのでしょうか?私はそうは思いません。
私達が子供の頃、今から40年以上前に食べた食物は現在のものとは別のものでした。 きゅうりやニンジンは青臭く、なすはあくが強く、納豆は臭く、とうふは大豆の味が濃厚にしました。 誰でもが食べやすく、生産性や消費拡大をコンセプトに売られている商品はいつまでも消費者に受け入れられるでしょうか? 「クオリティ オブ ライフ」社会が成熟しつつある今、これからは料理や食物に限らず豊かさの本質が問われ求められる社会になるでしょう。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
味を解るためには、あくまでも食べなければならない。偏食と言われようが、ずっと食べ続けるとさすがに飽きがくる。この飽きが来た時になって、その物の味がわかると思う。
ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
老四川 飄香 (ラオシセン ピャオシャン)
東京都渋谷区上原1-29-5. BIT代々木上原001. TEL:03-3468-3486. 井桁良樹 オーナーシェフ 3年位前に飄香を見つけ20回ほど伺っています。最初に食べた、井桁さんの繊細な四川料理に感動!料理は常に井桁さんおまかせフルコース、料理の幅の豊富には驚きます。次回はどんな料理を作ってくれるのか楽しみにしていますが、この所スケジュールが合わずこの所ご無沙汰しています。 近々食事に行く予定ですので、最近の(ピャオシャン)井桁さんの料理をご報告いたします。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
現在でも、色々なジャンルの飲食店に出向き食べ歩いていますが、特に高級店に求められる、「料理、もてなし、サービスのタイミン、・雰囲気」 内装・装飾品だけでなくお客様・サービススタッフによってかもし出す雰囲気を堪能できるお店がほとんど無いのが残念です。
私の友人パリ在仏45年、今でも月来に1、2度は3ッ星で食事をされている方ですが、私が居た頃のフランスレストランとは違い、古き良き時代!今は無いに等しいと言ってました。最高のレストランで食べ歩き、修行が出来たことを幸せに思う判面、あのすばらしさをまた味わいたいと思います。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
2月、3月 と2度タイに行く仕事があり、本場でタイ料理を食べるチャンスがありました。
朝食・昼食・夕食ほとんどタイ料理づくし。 毎日食べても飽きない素朴な料理や手の込んだ料理など、 本場でなければ味わえない雰囲気のなかで、多くの美味し料理との出会いがありました。 残念なことに屋台料理を食べることが出来なかったことが心残りですが、 またの機会を楽しみにします。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
現在「食育」について、いろいろな角度から言われております。
「好き嫌いをしないで何でも食べなさい!」 とは、私も良く言われたことです。このことは、栄養バランスを考え健康で丈夫な体を作るためにも必要なことだと思います. 実は私の子供時代は好き嫌いが激しく母をずいぶん困らせました。特に肉を使った料理や脱脂乳など給食は私にとってまさに拷問でした。 食育に関しては、様々な視点から取り組むべきことは承知しておりますが、嫌がるものを工夫せずに無理強いすることは食育にとって良い考え方とは言えません。 取材等でよく質問されるのですが 「深津シェフの好きな食べ物は何ですか?」 答えはいたってシンプル 「美味しいもの!」 お寿司・焼肉・うなぎ・秋刀魚の塩焼き・フランス料理・中華料理・イタリア料理・ワイン・など好物を挙げたらきりがありません。しかし、いくら好物でも、おいしく調理されていないものはだめです。 美味しいさへの終わりなき追求・探究心・文化・伝統なくして世界各国の料理は存在しないといえます。今まで嫌いだった食材でも、美味しくて好きになる料理との出会えることを願っています。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロディーサー 深津泰弘
昭和40年代東京でもめずらしかったピッツア、私の住む群馬県には当然食べれるお店は無くその料理の存在も知らなかったそんなj時代に、隣の県にあることを知り1時間以上かけて良く食べに良く通いました。
また、その時代ではあまり一般的な人が食べなかった、高級レストランへも通いその味が忘れなく虜となりました。 東京で働いた時も、食べることにたいしてはお金を惜しまなかったのは美味しい料理を食べることへの執着が人一倍強かったからだといと思います。 帰国後、住まいにはヤカン一つ無くコーヒーも含め徹底して外食をしたため、客としての立場の経験から多くのことを感じとり、料理の腕を磨き店舗を構えるだけではお客様を満足してもらう事は出来ないことを実感しました。 ラ.ベルドジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
当時の日本では日常化してしまった贅沢な生活。大学生もがBMWの高級車を乗り回し高級レストランで食事をして、タキシードを着てディスコで遊ぶ日々、特別に経済を学ばなくとも成熟したフランスで生活してきた私には、現在の日本経済状況になる事は予測できました。
1990年(バブル真っ只中)にオーナーシェフとして店を構えた時、私は、フランス料理を日常の外食として楽しめる大人の為のカジュアルレストランが欠如している事を確信し,ラ.ベルドゥジュールをオープンさせました。 フランスで共に働いた仲間や、日本でトップクラスのシェフ達から「フランスでそこまで認められたお前が、何故?」と言われましたが私の考えは的中してしまい、1992年バブルの崩壊、日本を代表する由緒ある帝国ホテルの顔ともいえるメインダイニングも鉄板焼に業態変更となり、価格だけの高級レストランやタキシード秘着ディスコも影を潜めて行きました。 その後、私は当初のコンセプトとは全く反対の3ッ星レストランを目指しフランスレストランの真髄を日本で伝えるべく取り組みました。「完全予約制・ジャケット着用・お子様は小学生高学年・団体様6名様まで、」最高のレストランを作り上げるためにサービス・料理・タイミング・雰囲気を常に安定して提供する為に各テーブルにモニターで料理の進行状況を厨房で把握しコントロール、最高のレストランを作ることに集中しました。 その後お客様は、ホテルオークラやフォーシーズンホテル・帝国ホテル等に宿泊されたお客様の予約が多くなり、また日本全国から来店して頂ける様になりました。 ラ.ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘 ![]() 1975年に料理の修行をはじめ、1980年にはフランス料理を学ぶ為に渡欧、6年間におよぶ異国での仲間との食事は、皆さんが想像するフランス料理とは少し違うかもしれませんが、日本人の私にとって飽きることのない美味しい食事でした。休日にはフランスを中心にヨーロッパ各地の3ツ星レストランや郷土料理を食べ歩きました。 ラ・ベルドゥジュール 料理家・飲食プロデューサー 深津泰弘
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